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笑顔の実り。vol.017

むくもと つとむさん|67歳

河内長野市 栄町 椋本 力さん

花のためにも3年

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母親から受け継いだハウス

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ハウスの中には、様々な花がズラリと並ぶ

母の後を継いで

父親が経営する鉄鋼関係の会社で働いていた椋本さんは、景気の波に左右され、不安定な状態の会社に危機感を感じ、農業を始めることにした。椋本さんの実家は農家。代々受け継いできた土地で農業をおこなってきた。そのおかげで、施設や機械など、農業に必要な環境が揃っていたそうだ。 「昔は米を中心に作っていたのですが、母が菊の栽培を始めたことをキッカケに、資金を集めてハウスを作ったんです。今、私が使っているハウスも母が作ったもの。さらに、会社の工場を半分潰し、ハウスを増設しました。」 母親が整備した施設を受け継ぎ、椋本さんは現在に至るまで、花の栽培に力を注いでいる。

失敗から学ぶ

「始めの3年は失敗ばかりでしたよ。」 椋本さんは当時を振り返り、懐かしそうに笑う。 「花は伸びすぎると、見た目が美しくないため商品になりません。同じような丈の長さに育てなければいけないんです。伸びきった花を前に、最初はどうして良いのかわからず、あちこちに話を聞きに行きました。段々、種まきの時期を調整すれば良いらしいなど対処法が分かってきたのですが…。今思い出しても、あの頃は失敗の連続でしたね。」 どの分野においても、初心者にとって失敗はつきもの。しかし、「失敗」を「失敗した」だけで終わらせないのが、椋本さんの凄いところ。失敗の原因は何だったのか、どうすれば次に活かせるのか、一つ一つ向き合って対処してきた。 現在、椋本さんの作る花は農産物直売所「あすかてくるで」の人気商品。「あなたの作った花だから買う」と指名買いをする人がいるほど、消費者の椋本さんに対する信頼は厚い。失敗ばかりだった当初から、ファンを獲得した現在に至るまで、椋本さんの歩みは平坦ではなかったはずだ。椋本さんの現在の姿は、様々な失敗にもめげず、そこから何かを学んできた結果なのだろう。

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愛情をこめて花に水やり

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花のためにも3年

皆さんは知っていらっしゃいますか。実は、花の世界にも「流行」があるという事を。椋本さんは情報収集のため、府外の展示会を訪れる事もあるそうだ。 「どんな花が流行っているのか知るために、時々、千葉や長野で開催されている花の展示会に足を運んでいます。でも、流行を読むのはやっぱり難しい。『この花は絶対流行るはずだ!』と思って育てても、実際は全然売れなかったり。かと思えば、数年後その花のブームがきて、『何で今なんだ!』と悔しい思いをすることもあります(笑)。」 流行に振り回されつつも、好奇心旺盛な椋本さんは、積極的に新たな品種の栽培に挑戦しているそうだ。 「新しい新種を育てる時は、モノにするのに大体3年はかかります。米と一緒で、年に1回しか栽培するチャンスがないので、どうしてもそれぐらい時間がかかるのです。1品種につき、大体500~1000単位で育てているので、失敗した時の落胆は大きいですね。」 「石の上にも3年」という諺があるが、椋本さんの場合はまさに「花のためにも3年」。手間と時間をかけて育てても、5種類育てたうちの1種類が当たれば良い方と言うのだから、現実は厳しい。美しく咲く花の影には、生産者の汗と涙が隠されている。

絶対に手は抜かない

椋本さんは現在、農産物直売所「あすかてくるで」を中心に花を出荷している。出荷をする上で心掛けているのは、商品の品質に妥協をしないという事。 「ちょっとでも質の低い商品を出したら、すぐにお客さんに見抜かれる。自分が納得できる商品しか出荷しないようにしています。」 他にも、こだわりがあるそうだ。 「気をつけているのは、ベストのタイミングで出荷すること。すぐに枯れてしまっては意味がないですからね。お客さんの手元に渡った後も、花が長持ちするよう気を配っています。」 一つの新種を育てあげるのに3年。そして、出荷した後も出来るだけ長生きするよう、心配りを忘れない。一つの花が生まれてから死ぬまで、出来る事は全部やる。そこまで愛情をかけているからこそ、椋本さんの育てる花は美しいのだろう。

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