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笑顔の実り。vol.018

かわすみ ゆうじさん|55歳

富田林市 西板持 川角 勇司さん

「受け継ぐ」ということ

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なすを見る視線は真剣

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瑞々しい大阪なす

36歳、大きな決断

専業農家のご両親のもとに生まれ、幼いころから家の手伝い等を通じ、農業と関わってきた川角さん。しかし、一旦はサラリーマンとして就職し、10年間会社勤めをしていたそうだ。 「せっかく学校を出たんだし、一度は社会に出てみたいという気持ちが強かった。正直、当時は実家を手伝ってはいましたが、農業を仕事にしようとは考えていませんでした。」 そんな川角さんが脱サラし、農家に転向したのは、36歳のとき。 「きっかけは、会社の転勤で大阪に戻ってきたこと。転勤族だったので、色々な地域を飛び回る日々だったのですが、一旦生まれ故郷に戻った事で、これからの人生について考えるようになったんです。実家を継いで農家になる道を考え始めたのもこの時。どうせなら親が元気なうちに農業を始めて、少しでも楽にさせてあげたいと思い、思い切って転職することにしました。」 大きな決断をし、農業の世界に飛び込んだ川角さん。ご両親から畑を受け継ぎ、現在に至るまで精力的に農業をおこなっている。

「受け継ぐ」ということ

会社勤めの頃と比べ、一番大きく変わったことは何かと尋ねると、「自分に権限があること」と、川角さんは笑う。 「サラリーマンの頃は上に言われた事をやるのが当たり前でしたが、今は違います。自分の権限で、自分で考えながら行動しています。使われて動くのと、自分から動くのでは、精神的な負担が全然違う。体力的にはしんどい事も多いけど、精神的には今のほうがずっと楽ですね。」 さらに、自分に権限が与えられている事に関して、父親への感謝の気持ちを語ってくれた。 「当時、素人だった私に経営を任せてくれた父には、とても感謝しています。自分に決定権がなく、労働力を提供するだけでは、なかなかやる気が起きませんからね。任せられているんだと思うと、頑張ろうと思いますし、自分で決断した事が儲けに繋がると、仕事をするうえの励みになります。勿論、だからと言って最初から全て私が決めていた訳ではありません。農業に関して父は私の大先輩ですから、分からない事は教えてもらっていました。段々、要領が掴めてくると自分なりの方法を試してみて、試行錯誤を繰り返す…という感じです。」 権限を子に委ねつつも、必要なときは助言をし、サポートに徹する。農業に限らず、家業を継ぐ上で理想的な世代交代の在り方だ。しかし、実行するのはなかなか難しい。父と子双方の理解と信頼と、歩み寄りがなければ、理想的な「受け継ぎかた」を実行することは出来ない。

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ハウスの様子

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取材当日、茄子部会の仲間たちが集まった

「楽しいこと」と「しんどいこと」

農業をやっていて、一番「楽しいこと」と「しんどいこと」は何か、川角さんに尋ねてみた。 「一番は、自分の中で計画を立てて、うまく回していくこと。20年程農業をやっているのですが、その中で茄子は20回しか作れない。1年に1回しか作れないから、終わりがないんです。その中で、肥料の置き方を変えてみたり、色々やり方を変えて、毎年少しずつ試行錯誤しています。それがうまくいった時は、やっぱり嬉しいですよね。 逆にしんどいというか、悔しいなーと思うのは、努力と売り上げが必ずしも比例しないこと。良い天候が続き、品質の高い茄子を作る事が出来ても、天候が良いと全体の出荷量が増えるので、茄子の値段が上がらないのです。結果、良いものが作れても、努力に見合った売り上げを得ることが出来なかったりする。しょうがないけど、なかなか納得できない時もあります。」 毎年1回のチャンスの中で、天候に振り回されながらも、試行錯誤を繰り返す日々。その日々の積み重ねが、美味しい農産物を産み出しているのだ。

大阪なすを有名に

現在、当JA茄子部会の会長を務める川角さん。これからの展望について尋ねると、「大阪なすをもっとPRして、全国的に有名にすること!」と笑顔で答えてくれた。 4月と5月にはあべのハルカス、5月にはJR大阪駅の「アトリウム広場」でPR販売をおこなうなど、注目が集まる大阪なす。川角さんは茄子部会 会長として、今後も積極的にPR活動をおこなっていくそうだ。

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