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笑顔の実り。vol.023

もりもと かつとしさん|70歳

富田林市 甲田 森本 勝利さん

楽しいから頑張れる、まだまだ現役やで

お客さんの気持ちの応えたいという気持ちが大きい。 せっかく欲しいといってくれるんやったら、全員の手元に米が渡るようにしたい。

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しんどくないで

ガレージにお邪魔すると、立派なトラクターが3台、ずらりと並ぶ。知り合いに中古を安く譲ってもらったそうだ。新品のようだと驚くと、森本さんは「自分で整備してるからね。こまめに掃除して油を注したら、長く使えるんよ」とはにかんだ。森本さんは車の整備士として働いた経験を活かし、車や農機具のメンテナンスを自力でおこなっている。 整備士から農家に転身かあ、と思っていると「いや、整備士の後は配送の仕事をやっていてね…」とぽつり。2年前まで昼は農業、夜は配送と、2足のわらじを履いた生活を続けていたそうだ。そんな状況でも、森本さんは「しんどい」とは言わない。「夜に仮眠もとれるし、なんとかなるもんやで」と笑いとばす。農業についても「今までしんどいと思ったことはない」と語る。 何がそこまで森本さんを突き動かすのか。現在70歳。「80歳までがんばる!」とやる気みなぎる森本さんに、元気の秘訣を伺った。

結婚を期に転職

森本さんは中学卒業後、職業訓練所に入所した。エンジンについて学び、必要な資格を取得したあと、車の整備士として働いた。 「妻と出会ったのはこの頃。仕事は楽しかったけど、あまり給料が良くなかったので、結婚を期に転職しました」 新たな仕事として選んだのはトラックの運転手だ。昼間は田を耕し、夜は車を走らせた。妻 照美さんは当時を振り返り、「主人が働いている間はなかなか眠れなかった。事故にあったらどうしようと思うと心配でね」と語る。 「夜間の運転は事故が多い。妻も心配しているし、潮時かなあと思って、2年前に仕事を辞めました。以来、農業1本でがんばっています」

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「みつひかり」との出会い

野菜や果物は照美さんが担当し、森本さんは米の栽培に力を注いでいる。品種は「みつひかり」。近隣では作っている人が少なく、珍しい品種だという。 「旅行先で出会った人と農業の話で盛り上がり、みつひかりの存在を教えてもらったのがきっかけ。試しに育ててみたら、周りからの評価が抜群に良かった。家族やお客さんに食べ比べてもらうと、従来の米より圧倒的にみつひかりが人気なんです」 さらに、みつひかりは粒が大きく、収穫量が多い。肥料の量も少なくて済む。手ごたえを感じた森本さんは、少しずつ収穫量を増やしていき、最終的に全ての米をみつひかりに変えた。 「今年は昨年より米の作付面積を増やしました。お客さんの気持ちに応えたいという気持ちが大きい。せっかく欲しいと言ってくれるんやったら、全員の手元に米が渡るようにしたい」 米作りについて話す森本さんは本当に生き生きとしている。楽しさの秘訣は「作業を苦に感じない」という、ご自身の性格が関係しているそうだ。 どんなことも楽しんでやれるというのは、すばらしい才能だ。「楽しいから頑張る」という、シンプルで強力な理由によって、森本さんは米作りに愛情を注いでいる。

第一線で戦い続ける

「息子が3人、孫が7人いるんやけど、全員男。農作業が忙しい時期は手伝ってもらっています。トラクターが3台もあるのは息子が一つずつ乗るため」と森本さん。 照美さんは笑いながら、「女の子も欲しかったんやけどね。男は忙しい時期の貴重な働き手。みんなでワイワイ言いながら作業をしています」と楽しそうに語る。 森本さん夫妻は、将来は子供たちに農地を継いで欲しいと願っている。しかし、農業だけで生活するのは難しい。息子さんたちも踏ん切りがつかないようだ。 「とりあえず、今はお小遣いを渡してでも田んぼに来てもらっています。きっかけが何であれ、行けば嫌でも仕事を覚える。実際に足を運ぶことが大切だと思ってます」 未来の後継者を育てるため、あの手この手で農作業を覚えさせている。 「でも、まだまだ私達が頑張らないと。子供たちの成長をしっかり見届けるまでは、引退は出来ません」と、森本さん。照美さんも「任せたで」と背中を押す。 「自分が引っ張っていくんだ!」という強い気持ちが、森本さんを突き動かしているのだろう。 頼れる一家の大黒柱は、今日も第一線で戦い続けている。

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