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笑顔の実り。vol.043

うらの たもつさん|70歳

堺市美原区 平尾 浦野 保さん

農業は健康のバロメーター

最初は素人だった 浦野さんが農業をはじめたのは30歳の時だ。兼業農家の父親が亡くなり、突然農地を継ぐことになった。今まで農作業を手伝ってこなかったので、農業の知識は素人レベル。何をすればいいのか、さっぱり分からなかった。 しかし、農地を継ぐことに迷いはなかったと言う。妻の冨久代さんは「主人は代々受け継いだ土地を守ろうとしていた」と語る。浦野さんは照れ臭そうに「いずれは継ぐんだろうと思っていたし、親の土地を売るのは恥ずかしい。それに、地域から畑が減っていくのは寂しい」と話す。 警察署に勤めていたので、農作業は休みの日が中心だった。何をすればいいのか分からないので、近くのJAへ行き、質問攻めにした。「農家の職員が多いから、色々教えてくれる。近所にJAがあって助かった。感謝しています」と振り返る。どの時期に何の薬をまけばいいのか、どんな肥料を使えばいいのか、少しづつ覚えていった。定年退職した今は、専業農家として栽培に精を出している。

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未来の後継者

道路に面した畑は、住宅地の中にある。玉ねぎやとうもろこし、色とりどりの花など、育てる品種は20種類以上。よく整備されており、1人で維持するのは大変そうだ。 浦野さんはほぼ毎日、収穫した野菜を各地に送っている。送り先は、東京と名古屋に住む息子夫婦や親戚、大阪市内の友人など。「毎日送るのは大変だけど、みんな楽しみにしているから」と嬉しそうに笑う。 送った野菜がきっかけで、新たな交流も生まれた。東京に住む嫁のいとこに野菜を送ると、美味しさに感動し、わざわざ大阪まで遊びに来てくれた。「大阪の野菜は甘くておいしい。どんな風に作るのか見てみたい」と、浦野さん宅に親戚が10人ほど集まり、みんなで農業体験をした。 「男の子が3人遊びに来て、みんな興味津々でした。都会に住んでいるから、あまり農業に触れる機会が無いみたい。うちの孫と一緒に玉ねぎを収穫してもらいました」と、浦野さん。いつも野菜を送ると「美味しかった!ありがとう」とお礼の電話をくれるそうだ。 「孫達も畑が好きで、よく手伝いに来てくれる。小学4年生の女の子は、私と一緒にトラクターにも乗ります。もう私がいなくても、大丈夫なくらい」 未来の後継者は、続々と育っている。

安全な農産物を作りたい

農業のこだわりは、出来るだけ農薬を使わず、有機栽培を行うことだ。小さな子供の口に入るので、薬はあまり使いたくない。農薬ゼロは難しいので、周りの人が4回まくなら、極力減らして3回にするなど、可能な限り量を抑えている。そのためには、成長度合いなど時期を見極め、適正な時期に薬をまくことが大切だ。実や花が咲き、虫がつきそうだと感じたら、早めに対処している。 「最近は多少虫食いがあっても、安全な農産物が欲しいという声も多い。若い世代のほうが、食に対する意識が高いのかもしれない。自分や孫達の口に入るものだから、薬には人一倍気を使います」 肥料も、出来るだけ化学肥料は使わない。特に米は、れんげ農法でこだわって作っている。れんげを畑に植えると、根の部分に窒素が出来るので、栄養たっぷりの土壌になる。天然の肥料なので、身体にも地球にも優しい作り方だ。 「れんげ農法で作ると、息子の嫁から『お父さん、お米変えたんですか?もちもちしてて、とってもおいしい』と電話があった。栄養のいきわたった土で作るから、米が美味しくなるんです」 美しい景観も、れんげ農法の魅力だ。「ピンクの畑で可愛い」と、孫からも人気がある。畑の近くに小学校があり、地域の景観美化に役立っていると、先生から感謝されているそうだ。

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健康のバロメーター

「農業は健康のバロメーター」と、浦野さんは話す。毎日畑仕事をするためには、心身ともに健康でなくてはいけない。健康を保つには、規則正しい生活が必須だ。 浦野さんは朝7時に起き、8時半ごろに畑へ行く。お昼に一旦戻り、夕方にもう一度畑へ出る。そして、夜8時ごろには布団に入る。おかげで、70歳の今も元気に畑に通っている。 それでも、時には疲れるときもある。心と身体を癒してくれるのは、野菜のお礼として家族や親戚が送ってくれるビールだ。「これが楽しみで、農業をやってるようなもんだ」と笑う。 健康のため、楽しみに待ってくれる人達のため、浦野さんは今日も元気に畑に出る。

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