河端さんメイン

笑顔の実り。vol.008

かわばたさとしさん|31歳

河内長野市 日野 河端訓史さん

まだまだ、これから。

明るい茶髪に、爽やかなポロシャツ姿。今回登場する河端さんは、一見農業とは何の関わりも無さそうな、今風の若者だ。しかし、河端さんは23歳の若さで就農し、今年で9年目の専業農家。作ったトマトは河内長野市のブランド「近里賛品かわちながの」に認定されており、精力的に農業をおこなっている。 若くして就農した河端さんだが、様々な選択肢がある中、なぜ「農家」になる事を選んだのだろう。今までどんな人生を歩んできたのか、その生き様に迫っていく。

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手塩にかけて育てたトマトと川端さん

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濃厚でジューシーな味が自慢の濃縮エコトマト

農業とは無縁の生活

河端さんの実家は江戸時代から続く農家。父親は兼業農家で、企業に勤める傍ら農作業をおこなっていたそうだ。しかし、河端さん自身は、積極的に農業に関わることはしなかったという。「幼いころは楽しんでやってましたけど、中・高校生になると手伝う回数も減っていきました。思春期になると、やっぱり農作業をするよりも友達と遊びたいし、自然と畑から足が遠ざかりましたね。」 結果、大学4年間は農業と無縁の生活を送ることになった。

農家の道へ

そんな河端さんが農業を始めたキッカケは、大学の卒業直前、将来について真剣に考えたことから。自分に一番向いている職業は何なのか考えたとき、頭をよぎったのは「農家」になるという道だった。就職先が内定していた河端さん。4月になり、一旦はサラリーマンとして働いたが、「農家になる」という選択肢を諦めきれず、1か月で会社を辞める決心をした。 しかし、農業の世界もそこまで甘くない。心機一転、農業を始めた河端さんだが、待っていたのは過酷な生活だった。「しんどい・不安定な生活・休みなし」と、苦難の連続。し かも、手当り次第に様々な野菜を育ててみたが、全く上手くいかない。なんとか作った野菜も、新米農家ゆえに信用がなく、安く買い叩かれる日々。農業従事者として「食べていけるようになる」には、様々なハードルをクリアしなければいけなかった。

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秋から冬にかけてはハウスを加温しない。環境に配慮した栽培方法をおこなっている

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奥さんと一緒に袋詰め作業。夫婦2人3脚で共に歩んできた

不屈の精神

しかし、河端さんはへこたれなかった。「農業でやっていくと決めたからには、ここで諦めるわけにはいかない」。主な作物をトマトとキュウリに絞り、栽培を続けた。 数ある野菜の中からトマトを選んだのは、「色々作った中で、一番うまくいかなかったから」。最初に作ったトマトは茎ばかりが伸び、実がうまく実らなかったという。「うまくいかないからこそ、やってやる!と思った。」と河端さんは語る。諦めず、改良を続けるうちに、徐々にトマトは実をつけ始めた。 「以前は青臭いから、トマトってそんなに好きじゃなかった。でも、収穫したトマトを食べてみたら、すごく美味しいんです。感動しましたし、やりがいを感じました。」 楽な道は選ばない。あえて困難な事に挑戦するハングリー精神。河端さんの性格を物語るエピソードだ。

まだまだ、これから。

今年で31歳。農業を始めて9年目の河端さん。当初は、出荷した野菜に思い通りの値段がつかなかったが、高品質の野菜を作り、ブランド価値を高めることによって、商売は軌道に乗り始めた。 だが、まだまだ野望はつきない。「今後はトマトの生産量をもっと増やしていきたい。そのためには、農地をもっと増やしていかないといけない。それに、近所にあすかてくるで河内長野店がオープンするので、野菜を出荷したいと考えています。」 まだまだ、やる事はいっぱいある。

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