高山さんメイン

笑顔の実り。vol.002

たかやまともみさん|55歳

太子町 太子 高山知已さん

お客さんが教えてくれた。

農家になる前は、会社勤めをしていたという高山さん。バブルが崩壊し、日本経済が不況に陥ったことや、父親が元気なうちに実家の畑を継ぎ、農業について学びたいという思いから、40歳で早期退職を決意した。 しかし、簡単にいかないのが農業。サラリーマンの頃に比べ収入は減り、休みがなく不安定な生活を送る事となった。また、本で見た通りにブドウを作っても上手く実らず、思い悩む事もあったという。 そんな高山さんにサラリーマン時代との違いや日々の喜び、そして今後の目標について伺った。

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ブドウを収穫する高山さん

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甘くてジューシーなシャインマスカット。皮ごと食べられる。

脱サラして農家に

農家になる前は、会社勤めをしていた高山さん。40歳で早期退職を決意し実家の農業を継いだ。 「サラリーマン時代に戻りたいと思う事はないんですか。」と、記者が質問すると、「サラリーマンにはサラリーマンの、しんどい事がありますから。」と高山さん。 「農業の疲れは体力的な疲れ。でも、サラリーマンの疲れは精神的な疲れ。肉体的に疲れている時は眠れるけど、精神的に疲れている時は眠れない。そういうのを総合して考えると、どっちがしんどいのかは分からないですよね。一つ言えるのは、一度サラリーマンを体験して、比べるものがあるからこそ、農家を続けていけるということ。」 どんな仕事にも、しんどい事はある。

柔軟に対応

苦しみ悩みつつも、少しずつコツを掴み、高山さんのブドウ作りは軌道に乗り始めた。さらなる進化を求めて、高山さんは直売所を建設。お客さんの声を直に聞きながら、様々な変革に取り組んだ。 「当初、ウチのブドウの出荷最盛期はGW~6月頃でした。だから、お客さんがお盆にブドウを買いに来ても、売れるブドウがなかった。でも、それじゃまずいですよね。すぐに、出荷時期が遅い品種のブドウを加え、盆の時期にブドウの最盛期がくるよう調整しました。」 また、小さな子供を持つ主婦が、子供にブドウを食べさせやすいよう、種ありのブドウに加え、種無しのブドウの販売も始めた。 直売所で様々なお客さんと話をしながら、高山さんは時代の流れやニーズに合わせ、柔軟に対応してきた。

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直売所のオープン期間は毎年6月~9月の中ごろ。

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採れたてのブドウのみ販売。畑と往復しブドウを補充する。

10%の喜びのために

何か苦労話はあるかという記者の質問に、「苦労話は、語りきれないくらい沢山ありますよ。」と高山さん。「農業をしていて苦しい事と楽しい事をパーセンテージで表したら、苦労90%喜び10%くらい。圧倒的にしんどい事のほうが多い。でも、10%の喜びがあるから、ブドウを作り続けているし、やりがいを感じるんです。」  高山さんを突き動かす、10%の喜び。具体的には、どのような事に喜びを感じているのだろう。  「〈喜び〉の殆どは、直売所でのお客さんとの会話。お客さんは正直だから、ブドウの出来が悪い時はお叱りを受ける。でも、良いものをお届け出来た時は、〈この前のブドウ良かったよ〉、〈美味しかった〉と声をかけて下さる。お客さんの声は私の一番の原動力。だから、全ての作業の中で、直売所でお客さん相手に話をしている時が一番楽しいですね。直売所の存在があって、本当に良かったと思っています。」

大きな夢

今後の目標について尋ねると、高山さんの表情は生き生きと輝いた。「私の大きな夢は、大阪のブドウの美味しさを全国の人に知ってもらう事。現状、有名産地のブドウと大阪のブドウが並んでいたら選ばれるのは有名産地のブドウ。大阪のブドウはブランド力が弱く、知名度がないんです。でも味は全国のブドウに負けません。全国からうちの直売所にブドウの注文が来るくらい、もっともっと、大阪のブドウを全国にアピールしていきたいですね。」熱い思いを語ってくれた高山さん。大阪のブドウが全国で有名になるまで、高山さんの戦いは終わらない。

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